医療の現場で仕事をしていると、部門システムや電子カルテなどを導入しているにも拘らず、「メモを手書きして後から入力している」、「入力が得意な人にばかり仕事をお願いしている」、「機能があるのに使わず、従来通りのアナログ作業をしている」ということが驚くほどあります。システムの機能を100%使っている施設のほうが珍しく、下手をすると半分も使いこなせていない印象です。仕事の効率を上げることが目的のひとつのはずですが、なぜこのようなことが起きるのでしょう。

導入前のヒアリング、導入前後の教育の不足

医療施設内部の人間は、たいていの場合ITに関しては素人の集まりです。本来、システムの導入には「どの業務をどの様にしてどうしたいのか」という明確な目的や目標があるはずですが、とにかくIT化するにはシステムを入れれば良い程度の考えなのかなと思ってしまうような、選定が適切になされていないと感じるケースが多くあります。選定の基準自体も、「大手の方が安心できそう」だとか、「シェアが大きいのはきっと良いシステムだからだろう」といった根拠のない理由で選ばれることも多く、この様な選定をしてしまった施設の多くで、「こんなはずではなかったのに」「思ったほどではなかった」という声が出てしまっているのです。

通常、システム開発を行う際には、最初に要件定義書と呼ばれるものを作成して必要な機能を明確にします。わかりやすく言い換えると、「なにが欲しいのかを売り手にきちんと要求する」ということです。この当たり前の作業を(やらないという事は無いでしょうけれども)しっかりと行っていないケースが多いのです。電子カルテが欲しいといわれれば、企業側は自社のシステムの良い点をアピールして売り込もうとしてきます。その結果、「良いかもしれない」と思って導入するわけですが、なんとなく買ったものが理想的な働きをしてくれる保障などどこにも無いのです。皆さんが美容院へ行ったときを考えてみてください。結果的にどうなりたいのかイメージを伝え、髪質や全体のバランスなどを美容師さんと相談すると思います。システム選定の過程も同じで、必要なことを優先順位付けして明確にし、購入しようと考えているシステムにどれだけ実現性があるのか、費用対効果は適切なのか、従来業務への支障や大きな変更を強いる物ではないのか、などを判断するべきなのです。

重ねて言いますが、ソリューションの導入時には、「どんなことがしたくて、どんな機能が必要なのか」を正しく要求することが重要です。可能な限りという前提条件はつきますが、システムに業務を合わせるのではなく、自分たちの従来までの業務フローに沿うようにシステム側の仕様をカスタマイズさせるか、業務フローに沿って使えるシステムを導入するほうがCPの高い結果が得られます。施設とベンダーの関係が良好で、双方向のコミュニケーションが断続的に行われている場合では、バージョンアップやカスタマイズを繰り返すことで製品力はより向上し、ユーザーはより高い満足度を得られるでしょう。この業者とやり取りする作業を手間と考え、結果だけを求めてしまう医療施設では、結果的に有効なICT利活用はさほどの効果が期待できず、他の新しいチャレンジに対しても消極的になるという負のスパイラルを形成してしまうのです。

年齢層による医療従事者のICTリテラシー

現場で電子カルテや部門システムを利用する人の中で一番人数が多いのは、おそらく看護師でしょう。一般的には年齢層が上がるにつれ、また男性よりは女性で、パソコンに対する抵抗感が高い傾向にあります。電子カルテなどの普及が遅れている中小規模病院~診療所における看護師の年齢層は、大規模病院に比べて高い傾向にあり、まさにパソコンを使った作業への抵抗感を持つ人の多い世代となっています。

インターネット利用に関しては全年代で利用率が高くなっており、携帯のアプリなどへの抵抗感を持つ人は減ってきていると感じます。その一方で、比較的簡単な操作で直感的に使えるアプリと比較すると、まだまだ医療系システムのUI、UXはいまひとつであると感じます。総務省の情報通信白書によると、e-TAXなどの公的機関のオンラインシステムが認知率の割に利用されていないのは、「なんか難しそうだから」「今までの方法で困っていないから」が主な理由となっています。つまり、苦手意識を持つ人が多い職場環境に導入するわけですから、UIは機械オンチの人でもなんとなく扱えそうと思わせる造りにしないといけないでしょうし、これを使ったらすごく便利になる、と思わせないといけないのです。

また、この様なICTに抵抗感を持ったスタッフでも、それ以外に素晴らしい能力を持っているはずです。ICT化の取り組み次第では、彼らの持つ他のアドバンテージを更に活かすことも可能となるでしょう。前段で、導入前後の準備が足りない傾向にあるという話をしました。この準備というのは、必要とする機能について正しく理解してもらい、実際の業務フローをどの様にするのかまで落とし込んで打ち合わせをする作業になります。もしも抵抗勢力といえるスタッフが居たならば、是非とも導入プロジェクトチームの一員として抜擢し、この段階から忌憚のない意見を上げてもらうべきです。理解できないものごとに対し恐怖や拒否感をもつことが多いのが人間という生物ですが、一方で、欲深い側面があるのも人間です。一度恩恵を享受することで要求レベルが高まり、全体のレベルアップが図られます。つまり、批判的な姿勢の職員の意見を積極的に取り入れ、尚且つ成功体験を少しでも積み上げていくことが、成功へのカギなのです。

患者と向き合うシステム

医療従事者にとっては、「患者と向き合う」のは当たり前のことであり、一番大事なことです。電子カルテに対する患者側の不満でも、「先生が画面ばかり見ていて、顔を見て話してくれない。」という意見が必ずあがるように、どんなに優れたシステムでも、画面ばかり見つめている事は医療従事者にとっても由々しき事態なのです。医療を、最適かつ効率的に行うためにICT技術は大きく貢献してくれますが、医療の根本は患者さんとのコミュニケーションです。ICT化を進めるためのキーワードとして、「効率化」という言葉をつい使ってしまいがちですが、効率化は「手段」であって「目的」ではありません。効率化だけを求めてシステムを導入する事は、結果的に患者さんの信用を失い、職員のモチベーションをも下げてしまうのです。

私の職場では、腹膜透析外来の問診をタブレットで行っていますが、殆どのケースで看護師がしゃがみこんで患者さんと目線を合わせて一緒に入力しています。手間を減らすという意味での効率化にはあまり寄与していませんが、声かけしながら一緒に入力することで問診の精度があがり、患者が単独で記入する問診表だけでは聞き取れなかったと考えられる情報が入手できることが多々あります。問診データは、入力者の文章構成の癖に依存せず定型のフォーマットで出力される為に可読性が高まりますし、電子カルテ側でボタンひとつで参照利用できるようになっています。診察直前にこの問診結果に眼を通してから診察に当たることで、情報聴取の二度手間を軽減でき、カルテ入力の負荷を大幅に減らすことが出来るようになっています。単独のシステムとして作りこむことを敢えてせず、アナログとデジタル、双方のメリットのを生かした良い例ではないでしょうか。

以上、3つの視点から医療系ICTが普及しにくい理由をテーマとした私見を述べさせていただきました。もちろん、ユーザーホスピタリティの高いベンダーさんもあれば、意識高い取り組みをされている医療法人さんも数多くあります。いずれにしましても、医療の現場において正しい形でICTの利活用が進むことは、社会保障に対する大きなベネフィットをもたらすと信じております。その為には、医療者側と企業側、行政がいま以上に相互理解を深めていくことが必要と感じており、それこそが私たちLINQUAが存在する意義であると考えています。